2008/06/25

『スウィーニー・トッド』

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師 特別版 (2枚組) あれれ、映画館で見たのはついこのあいだのような気がしてたんですが、もうDVDが発売になったんですね。月日のたつのははやいものです(しみじみ)。

 で、この映画、血みどろで残酷なシーンに話題が集中しましたが、そんな大騒ぎするほどの怖さではありません。たしかに冒頭から不気味な雰囲気をただよわせてはいますが、正視できないほどの場面はなかったような……。残酷でありながら、どこかあっけらかんとした演出だしね。喉をかき切られる場面も、切られる瞬間よりは、喉もとにナイフを突きつけられるところのほうがぞーっときます。わたしは思わずおしりがむずむずしてきちゃいました。(^^;)

 そんなことよりは、オリジナルがミュージカルであることを逆手にとった、ティム・バートンならではの演出を楽しむ映画じゃないでしょうか。血の色がやけにうそっぽかったり、怖いなかにも妙なおかしさをただよわせたりと、どこか皮肉っぽく撮っているところがとてもおもしろいと思います。そもそも歌いながら人を殺すなんてありえないですよね。そのありえなさをユーモアにしてしまう発想がすばらしいんです。ほら、ミュージカルって、「どうして?」と問われて、「それはね……」と言っていきなり歌い出したりしますよね。それって考えようによってはすごく滑稽でしょう? その滑稽さがブラックなユーモアとなって、独特の世界を築いているように思いました。

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2008/03/02

『トム・ヤム・クン!』

トム・ヤム・クン! プレミアム・エディション CGなし、ワイヤなし、スタントなし、早回しなしのアクションで楽しませてくれた『マッハ!』につづく、トニー・ジャー主演第2弾。ようやく見ることができました。

 物語は前作と基本的には同じ。『マッハ!』ではトニー・ジャー演じる若者が、盗まれた仏像(の頭)を取り返すために都会におもむく話でしたが、今回、彼が追うのは像じゃなくて象。(^^;) 国王に献上しようと大切に育ててきた象を盗まれたトニー・ジャーが、犯人を追ってなんとオーストラリアへと飛びます。

 前作がヒットしたおかげか、かなーりお金をかけてますよね。トニー・ジャーが悪いやつと闘う場面以外にも、ボートによる追跡など、スリル満点の派手なシーンがてんこもり。でも、屋内のセットはかなりチープだったかな。(^^;) わざと壊れやすくしてあるのでしょうが、ベニヤで作りましたというのがひと目でわかっちゃうんですよね。 そのへんがタイらしいなあ。

『マッハ!』では田舎を食い物にする都会という構図が背景にあったけど、『トム・ヤム・クン!』はそれにプラス、絶滅危惧種の売買というテーマも盛りこまれています。とはいえ、やはり見どころはアクションシーンであることに変わりありません。むちゃくちゃでかくて強そうな相手を、トニー・ジャーがばったばったと倒していく場面は爽快そのもの。ハリウッド的に考えれば、もうちょっと脚本を練って、整理したほうがいいのかもしれませんが、きっちり作りきれていないところが良さだったりもするんですよね。

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2008/01/25

『パンズ・ラビリンス』

パンズ・ラビリンス DVD-BOX パンズ・ラビリンス 通常版

 この映画、去年映画館で見て、DVDになったら絶対に買いたいと思っていましたが、いよいよ3月下旬に日本盤が発売になりますね。しかも通常版にくわえ、特典がついたボックス版も選べるようになっています。もちろん映画を見るだけなら通常版でいいわけですが、この作品でギレルモ・デル・トロ監督の映画に出会ったわたしは、メイキングやビジュアル・エフェクトなどの映像特典にくわえ、監督直筆スケッチによる設定資料が封入されているボックス版に興味があります。
 
 で、映画の話。予告編を見たときは、子ども向けの前向きなファンタジーなのかと思っていたせいか、けっこうな話題作のわりには上映館が少ないわねえといぶかっていたわたしですが、実際に見てその理由がわかりました。まあ、そうよねえ。家族で楽しく見るような映画じゃないですもん。つか、そもそもR-12だし。

 多感な少女が空想の世界に逃避するという、いかにもファンタジーな設定ですが、少女の空想の世界は単なる逃避の場ではなく、彼女自身がためされる場として描かれています。現実の世界ではレジスタンスの人たちが闘っていて、それと呼応するように主人公の少女も空想の世界であたえられた試練に取り組んでいく。その作り方がすごくいいんですよ。映画の途中である人物が言う「疑問を持たずにただ従うだけならもはや人間ではない」という台詞にはぐっときました。それに少女が最後にとった行動にも。このへんは、市民運動というものがしっかり根づいているヨーロッパならではだなあと思いました。

 痛い場面をことさらこだわって撮るのがこの監督の趣味なのか、なかにはお尻がむずむずしてきちゃう場面もありますが(^^;)、そのどれにも必然性と物語があり、残酷でありながら不快感はありません。誰にも気軽にすすめられる内容ではないけれど、多くの人に見てもらいたい映画です。

★フルバージョンの予告

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2007/10/26

『隠された記憶』

隠された記憶 これは、いろいろと解釈できる映画ですねえ。

 テレビ・キャスターとして活躍するジョルジュは、出版社に勤める妻と12歳の息子の3人暮らし。ある日、彼のもとに、妙なビデオが送りつけられる。自宅を正面からえんえんと撮影しただけのそのビデオには、子どもが血を吐いているところを描いた、稚拙な絵が同封されていた。いったい誰が、なんのために? その後もビデオと絵が届き、不安を募らせたジョルジュは警察に相談するものの、実害がないので具体的になにをしてくれるわけでもない。そんなとき、血まみれのニワトリの絵が送られ、ジョルジュは子どものころのある出来事を思い出す。

 BGMもなく、物語は静かながら緊張感を持って進んでいきます。ジョルジュの視点とビデオカメラの視点が入り混じるうえに、ジョルジュの回想シーンも差し挟まれるのですが、この撮り方が絶妙で、いっしゅんたりとも画面から目が離せないんですよね。

 けっきょく、ビデオの送り主が誰なのか、明確な答えはしめされません。正直、あれ、そこで終わるの? とびっくりするような終わり方です。だから、見ているほうはカタルシスが得られず、すっきりしないまま、現実に引き戻されてしまう。それがつまらないと考える人もいるでしょう。というか、そう考えるほうが自然だと思います。

 でも、わたしはおもしろいと思いました。子どものときについたたわいもない(と本人は思おうとしている)嘘により、他人の人生をめちゃくちゃにしてしまったジョルジュですが、その現実をまざまざと突きつけられても、謝罪の言葉のひとつも口にせず、それどころか、やましい気持ちを起こさせた相手に八つ当たりする始末。その根底に差別意識があるのは明らかです。最後の、相手のあの行動だって、本当に起こったことじゃないかもしれません。もしかしたらジョルジュが……と勘ぐってしまいます。

 犯人については、エンドロールが流れるときのあれがヒントなのかと思う部分もありますが、けっきょく、すっきりした解答は得られないんですよね。かつての植民地支配もかかわっているようにも思えるし。とにかく、いろいろと自分なりに想像をめぐらせることのできる映画です。

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2007/10/02

『ニキフォル 知られざる天才画家の肖像』

ニキフォル 知られざる天才画家の肖像 去年の暮れ、友人に教えられて見たのですが、あまりにいい映画で、そのあと会う人ごとに語ってしまいました。その映画がようやくDVDで出ると知り、さっそく予約してきました。

 この映画は、主人公のニキフォルがいかにすばらしい画家かを説いたり、彼が晩年になってようやく認められるようになったいきさつを語るものではありません。くわしいあらすじは公式サイトを見ていただくとして、ニキフォルという画家の73年の生涯のうち晩年の8年間を、後見人となるマリアン・ヴォシンスキ(男性です)との交流をからめながら描いた映画です。

 これがねえ、とにかくいいの。なにかに取り憑かれたように画作に没頭し、それ以外のことにはなんの関心もしめさない頑固で偏屈なニキフォルと、彼に仕事場に居座られたのがきっかけで、ときに反発を感じながらも世話を焼いてしまうマリアン。うん、これはニキフォルの物語であると同時にマリアンの物語でもあるんですよね。ラストもよかったなあ。

 そうそう、ニキフォル役の役者さんにはびっくり! あらかじめ知っていたのに、見ているときはすっかり忘れていました。いやいや、すばらしい演技でした。

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2007/09/08

ファイト・クラブ

ファイト・クラブ [ベスト ヒット プレミアム] チャック・パラニュークの同名タイトルの小説の映画化ですが、男たちが夜な夜な集まってファイトするうち、エスカレートしていく話だと思っていたので、あんまり興味がなかったんですよね。たしかにあらすじはそうなんだけど、そういうことだったのかーと意表をつく部分があって、思っていた以上におもしろかったです。

 エドワード・ノートン演じる主人公は、大手自動車メーカーでリコールを担当する会社員。北欧家具をそろえた部屋、ブランドもののスーツに靴。そんな彼が不眠症になり、思うところあって、癌など難病患者の会を渡り歩く。それで不眠症は解消したかに思えたが、自分と同じく、患者になりすまして会に参加するマーラと出会ったことから、ふたたび不眠症に逆戻り。

 そんなとき、自宅が火事に遭い、知り合ったばかりのテイラーという男の家に転がりこむ。ふとしたことから殴り合う爽快感を覚えたふたりは、やがて一定のルールのもとで殴り合うファイト・クラブを設立。やがてテイラーは暴走をはじめ――。

 ノートン演じる名無しの主人公の語りで進んでいく物語は、スタイリッシュで新感覚で、すごく好みでした。暴力を肯定する話というふうにとらえる人もいると思うし、わたしも途中までそう思っていたのですが、あのサプライズな展開に考えが変わりました。といっても、暴力反対な話でもないんですが。(^^;) ノートンもよかったけど、テイラー役のブラッド・ピットもかっこよかった。べつに好みのタイプじゃないけど、こういう、ちょっとあぶない役を演じるプラピってすごく好きなんですよね。似合ってると思うし。

 原作も読んでみようかなあ。

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2007/08/28

『ビヨンドtheシー~夢見るように歌えば~』

ビヨンドtheシー ~ 夢見るように歌えば ~ おもしろかった~。主演にして監督、脚本もこなしたケヴィン・スペイシーは、父親の影響でボビー・ダーリンの熱烈なファンなのだそうですが、構想から何年もかけて映画化にこぎつけたというだけあり、成功した俳優の道楽なんてレベルをはるかに超えた作品に仕上がっています。しかも、ダーリンへの愛情が空回りせず、歌あり、踊りありで、エンタテインメント性もばつぐん。ダーリンは子どものころにリュウマチ熱を患ったことから心臓が弱く、37歳という若さでこの世を去るのですが、そういうところをヘンにお涙ちょうだいにしていないのも、わたし的にはマルでした。子ども時代のダーリンと、成長してからのダーリンとが掛け合いながら物語を進めていく脚本も、おもしろくてよかった。

 しかし、やはりなにより注目すべきは、ケヴィン・スペイシーの歌でしょうねえ。びっくりするほどうまいんですよ。声がうんと似ているわけではないけれど、特徴はよくつかんでいると思いました。なんでも遺族はボビー・ダーリン本人の声を使うことを主張したそうですが、これはケヴィン・スペイシーが歌って正解じゃないかしら。

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2007/06/17

『ぼくのプレミア・ライフ』

ぼくのプレミアライフ フィーバーピッチ これが映画になったと知ったときはぴんと来ませんでした。だって、原作の『ぼくのプレミア・ライフ』は、アーセナルが人生の中心になってしまった著者自身の4半世紀をつづった話で、1968年から1992年までのサッカー観戦記がひたすら語られるだけ。それがおもしろくないというわけじゃないんです。むしろ、わたしはすごく楽しめました。はたから見たらなんでそんなに……というようなことに熱中する著者の姿にどこか自分を見た思いがしたしね。

 でも、これを映像化するとなると話はべつ……と思ったら、ちゃんと著者のホーンビィ自身が脚本を書いて、原作のテイストを残しつつ、映画としても楽しめるものに仕上がっていました。映画として見せるために、アーセナルがリーグ優勝した1989年を舞台に、主人公ポールと同僚サラの恋愛をからめて描いています。そのせいで、ポールのフットボール中毒ぶりはやや中途半端。“生涯のうち、妻を替えることはできても、応援するフットボールチームを替えることはできない”というサポーター精神が伝わってきませんでした。

 それから、サラとつき合うようになるいきさつがよくわからなかったな。反発しながらもちょっと気になっているらしきところは描かれていたものの、結ばれる過程がすごく不自然じゃないかしら? 雨の日に車で送ってもらったくらいで、「コーヒーでも飲む?」はまあ許容範囲としても、なんでいきなり「今夜、泊まっていく?」という話になるんでしょう?(^^;)

 それでも話としてはうまくまとまっているし、アーセナルの優勝で町がお祭騒ぎになるところなんかはとても楽しかった。去年のレッズのリーグ優勝を思い出し、ちょっとじんときたりもして。

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2007/04/15

『幸せになるためのイタリア語講座』

幸せになるためのイタリア語講座 デラックス版 タイトルの“イタリア語”に反応して(^^;)、思わず録画。デンマークのコペンハーゲンを舞台に、6人の男女が幸せをつかむまでを描いたもので、その6人をつなぐ役割を果たしているのが市役所でのイタリア語講座というわけ。

 6人はとりたてて美形じゃないし、個性的でもありません。どちらかと言えば、みんな不器用で世渡りが下手、しかもそれぞれ大なり小なり問題をかかえている。要するに、どこにでもいる普通の人なんです。そんな人たちの日常が淡々と描かれるのですが、これが不思議と引き込まれちゃうんですよね。たぶん、ドキュメンタリーを思わせるような撮り方のせいだと思うんですが、調べたら、これ、「ドグマ95」に認定されている映画でした。

「ドグマ95」って、映画にくわしい人には常識なんでしょうが、わたしが知ったのはつい数年前。しかも仕事の調べものの過程で、そういう運動があるというのを知っただけ。そのときは、“ドグマ”という言葉から、なんか小難しくて、玄人にしかわかんないような映画を作る人たちなんじゃないの、と勝手に想像してました。

 でも、この映画はわたしが思い込んでいたドグマ映画のイメージとは全然ちがう! で、もう一度ちゃんと調べてみました。要は、特殊効果を駆使するハリウッド映画とは正反対の手法で撮るというだけのことだったんですね。「ドグマ映画」と認定されるには、スタジオでのセット撮影禁止や照明効果の禁止、効果音もだめ、カメラは必ず手持ちであることといった10箇条からなる「純潔の誓い」が守られていなくてはならないのですが、べつにそれもガチガチに守る必要はないらしく、あくまでその精神にのっとって作られていればOKのようです。

「ドグマ95」のサイトはこちら。

 それにしても、どうしてイタリア語だったのかなあ。けっきょくよくわかんなかったけど、最後にヴェニスに行くシーンがあったからいいか。(^^;)

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2006/12/16

映画:『モンスター』

モンスター プレミアム・エディション この映画の主人公アイリーン(映画のなかではおもに“リー”と呼ばれているけれど)は、海外の凶悪犯罪に興味のある人ならたいてい知っている、アイリーン・ウォーノス。そう、1989年から1990年にわたって男性ばかり7人を殺し、アメリカ犯罪史上初の女性連続殺人犯と言われた、あの人です。

 映画はいわゆる、“不幸な生い立ちが彼女を犯罪に駆り立てたのです”というような同情を煽るようなものにはなっていないけど、悲しくてやりきれない映画でした。テッド・バンディとかジェフリー・ダーマーみたいな連続殺人犯は、自分を誇示するために人を殺している場合が多く、その心理はとても理解しがたいし、この人たちを救う方法などなかったのだと思えるけれど、この映画で描かれているアイリーンはそういう連続殺人犯のイメージとはちょっとちがいます。彼女はセルビー(本人の許可がおりなかったのか、実際の名前とはちがっている)というレズビアンの女性と出会い、生まれて初めて人から必要とされる喜び、自分を受け入れてもらえる喜びを知るのですが、セルビーのわがままに翻弄される形で次々と男性を殺し、金品を強奪していったわけで、運命の皮肉を感じずにはいられませんでした。

 この映画、シャーリーズ・セロンが外見までアイリーンそっくりになって熱演しているのが話題になりましたが、たしかにすごい。顔、けっこう似てますねー。肌の荒れ具合とか、むくんだ感じとかもリアルです。それに、服を脱いだときの、お肉のだぶつき具合もすごい。自堕落な生活を送ってきたという感じがよく出ています。13キロ太ったというけど、それだけじゃああはならないと思うので、あれも特殊メイクなのかなあ。

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